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すばらしい松おじさん 1973年

映画
06 /24 2023
すばらしい松おじさん 1973

 IMDb Subarashii matsu ojisan

 allcinema すばらしい松おじさん 1973

以前、小学校の講堂で上映会が行われた作品「ボクは五才(1970)」を紹介したが、やはり小学校の講堂で児童を集めて行われた映画を一本紹介しよう。それがこの「すばらしい松おじさん(1973)」

小学校での上映会というと、業者の方が映写機を講堂に持ち込んで、前方のスクリーンに映し出す方法だった。その長いリールが回るのを見ているのも楽しかったという思い出がある。

この映画には、「ボクは五才(1970)」のような珍場面はなかったと記憶しているので、今までこのブログでは取り上げなかったが、一つだけ印象に残っている場目がある。それはクレイジーキャッツのハナ肇(松おじさん)が白昼堂々とすっぽんぽんになった場面があったことだ。有名人がお尻丸出しで映し出された。当時の小学生、ここは爆笑のポイントになっていたはず。それも映画のいきなり冒頭で有名人のヌード、こんなの見せて大丈夫か・・・そんな感じだっただろう。

松おじさんは、建設業で働く昔ながらの職人さんみたいなイメージだ。一方で主人公の幹人は団地住まいの母子家庭だった。その幹人が、簡易風呂に入っていた松おじさんをからかうために、お風呂中にふんどしをうばいとってしまうというもの。松おじさんは幹人を追いかけているうちに、とうとうタオルが落ちて、全裸になるという場面。後ろ姿だが全身を晒す場面となっていた。

このあと、最初は反発する幹人だが、すこしずつ松おじさんと心が通うようになっていく。そしてお母さんも松おじさんのことを信頼し、松おじさんからいろいろと教えてもらったりもするようになっていく。

ある日、幹人は松おじさんの家に泊まることになった。父親のいない幹人としては松おじさんとのお風呂を楽しむことになる。幹人の体を洗いながら、松おじさんは幹人の股間を眺めて、「心が立派ならばあそこも立派だ」みたいなセリフを言う。幹人をほめるために言った言葉だけれども、男子の評価をあそこに結び付けるのはどうだろうか。今の時代感覚だと差別的で配慮がないと批判されかねない言葉だね。残念ながらその立派なあそこは見せられなかったようで、映画ではお腹から上だけ映していた。

これを当時の小学生はどのように受け止めていたのか。伝統的な生き方をする松おじさんと、現代的な団地くらしの母子家庭、いろいろな生き方やあり方を知ってほしいという意図で見せた映画なのかもしれないね。、映画といっても、比較的短い作品で、公開はされてないようだ。いわゆる児童映画とか教育映画の分野だね。最近は東映がDVD化しているので、誰でも見ることができるようになっている。
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映画「小さな赤いビー玉」

映画
06 /18 2023
「小さな赤いビー玉」 1975年 フランス映画

1940年代のフランスに住むユダヤ人家族の状況を子供視点で描いている。
日本の映画館で上映されたのは、2000年となっている。

 allcinema 小さな赤いビー玉 1975

 IMDB Un sac de billes

主人公は10歳の少年。
家族は戦況が変わるたびに住む場所を変えたり、危機を乗り越えようとする。
そしてとりわけ主人公は12歳の兄と安全な場所に向けて旅をするのだけれども、途中で二人はナチスに連行されることなった。
検査官の前に連れていかれた二人は、ユダヤ人かどうかを確認するため、おちんちんの皮があるかどうかをチェックされる。

この場面は兄が真ん中で正面、弟が左側にいてやや斜めの立ち位置となっていた。
二人ともズボンを下したのち、パンツを下げておちんちんを見せるのだけれども、お兄さんの方はよく見える状態だった。
しかし弟の方はパンツ姿のときからシャツで前が隠れていたので、あまり見えていない。

検査の結果、やっぱり割礼を受けているということになったけれども、二人は自分たちはカトリック教徒だと主張し、おちんちんの包がないのはイスラムの地域の出身だからと、あれこれ理由をつけて逃げきったようだった。解放されて、旅を進めることができた。

この、お兄ちゃんがおちんちんを見せている場面は、映画のチラシでは映画の一場面を紹介する写真として掲載されていたし、映画のパンフレットでもこの場面の写真が掲載されていた。すなわち映画を見に行く前から、お兄ちゃんのおちんちんの画像は公開されていたことになる。

1975年当時だから、映画でおちんちんを見せることはそれほど珍しいことではなかったし、日本で映画が公開された2000年当時でも、映画のチラシやパンフレットにそういう場面の写真が使われていて不自然はなかっただろう。今の感覚だと、使わないという判断になりそうだよね。

ちなみに、弟の方はというと、この身体検査ではシャツで隠れてよく見えなかったが、映画の後半、雇先の店主の家で過ごしている夜の場面で、自分はユダヤ人と告白して、パンツの前を下げて店主に自分のおちんちんを見せている。このときは、隠すものがないので、ちゃんと見えていた。

ユダヤ人か、ユダヤ人でないか、そのことで収容所に入るかどうかが決められ、場合によっては命の危機に問題になったというのが映画の状況から読み取れる。ユダヤ人かどうかを判断するために、パンツを脱がして確認をするというのが、どのくらい現実にあったのか正直わからない。映画では、そのように描かれたものがこの作品以外にも存在するので、そうであったのだろうとは想像ができる。

さて子役のおちんちんだが、本当に皮がなくて亀頭が露出していたのかについては、映像が鮮明でないのでよくわからない。むしろ皮はかぶっているようにも感じられる。あくまで演技としておちんちんを見せる場面を演じたということかもしれない。

8月15日の子供たち 1990年 TVドラマ

TV番組
06 /10 2023
以前もとりあげた「8月15日の子供たち」をあらためて紹介しよう。
これは、日本テレビ系列で1990年8月15日に放送された単発ドラマだ。

8月になると、決まって戦争をテーマにしたドラマや特集番組が放送されるが
この番組は、子供時代に8月15日の終戦を迎えた人々の体験テーマにしている。
その中でも主要なキャストをいかりや長介が演じ、過去を振り返っていく。
またそれぞれの体験談はオムニバス風に展開もされている。

そのひとつ、疎開先で終戦を迎えた小学6年生の体験談に珍場面があった。

まずは、川のほとりで大きな鍋でお湯をわかす場面。
沸騰させたお湯に着ているものを全部放り込んで熱湯消毒をしている。
これはシラミをやっつけるのが目的のようだ。
登場するのは7人で、3人はふんどし、残り4人は素っ裸になっている。
必ずしも年少の子が裸という選び方にはなっていなかった。

画面の真ん中手前あたりに大きな木の枝が不自然に飛び出していて
正面にいる子は、股間付近が隠れるような構図になっていたのだが
その子が少し左に動いたために、結局丸見え状態だった。
それ以外にもう一人の男の子も動いているときに少しだけ見えていた。

そのあと川で魚とりをしているときは、7人ともふんどし姿だった。
そこに二人の男の子が入ってきて、終戦の話を7人に伝えた。

戦争負けたらどうなるのかという話を子供たちがしているが
「兵隊も大人も皆殺しになるらしい」
「男の子はみなキンタマ抜かれる」
「キンタマ抜かれたら、敵の奴隷になって一生働かされる」
こんな話題で、みんながっくりしていていた。

みんなと別れた主人公は、村の神社にいって一人泣いている。
カメラはべそをかいている本人の顔をから下の方に動いていって
ふんどしに注目した。このふんどしの中に主人公泣いている理由がある。

ふんどしの部分が画面いっぱいの特大のアップになると、
主人公はふんどしからおちんちんをつまみ出した。
男子のシンボルがちょん切られることへの悲しみを表現したものだ。

これはドラマとして構成はされているのだけれども
同じタイトルの原作が存在する。

「8月15日の子供たち」 1987年  晶文社

原作は、実際に終戦の日に子供だった人たちの手記を全国から集めて
一冊の本にまとめたものだ。

実はドラマを見ていると、合間合間に、体験談を語る人が登場するのだが
それは実際にこの本に手記を寄せた本人が語っているようなのだ。
本に手記を寄せた人が、終戦の日に仮に10歳くらいだとすれば、
ドラマで体験談を語るのは55歳くらいとなるので、リアルに体験を語ることが
できたと思われる。そういう時代にこの番組は作られている。

今回とりあげたキンタマ抜かれるのドラマの主人公も実在の人物が登場し
自らの体験談を語っている。

原作によると、この主人公は大阪から滋賀に疎開していたそうで
6年生のときだったそうだ。琵琶湖で泳いだ後に終戦を知ったという。
「米兵が上陸してきて、将校以上は殺され、成人男子はキンタマ抜かれ
女子は犯されるというデマが入り、真剣に話し合いをした」と書かれている。
デマというのは今でこそ言えることで、当時は真剣に心配したことだろう。

原作では、このドラマの主人公以外の方からも、デマの手記があった
「子供は軍用犬の餌にされるらしい」 滋賀県
「男はみんな殺され、女は残される」 岐阜県
「八路軍が博多に上陸してくるから女は山に隠れろ」 熊本県
「男はチンポをみんなちょん切られる」 岡山県
「南方に奴隷として連れて行かれる」 千葉県
「アメリカ兵に皆殺しにされる」 山形県

こういううわさが広まったけれども、どこかに根拠のある情報があったわけ
ではないだろう。それぞれの場所で、誰かが不安を声にしたものが
周りに広まって本当にようになっていったのではないか。

もちろん戦争をして実際に殺し合いをしているわけだし
アメリカ軍が占領してくるということもわかっていることだったから
最悪を考えることもわかる。ずいぶんと年月が経ってみると
あればデマだったのだと冷静に思えるようになるということだろう。

映画一路

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