珍場面ブログ
ホームページ「おちんちん映画リスト」と連携して情報の発信を行います。新ネタなどありましたら、随時記事にあげていきます。ホームページからの投稿も継続してお願いします。
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中国の銭湯
日本人は銭湯や温泉が好きだよね。服を脱げば背負っているものを下ろしてリラックスできるし、自分を取り戻せるような気がする。そう考えると、銭湯は人間を観察する場にぴったりかも。
お風呂好きなのは日本だけではないらしい。外国でも銭湯文化はあるようで、今回はまず中国の銭湯を覗いてみよう。
映画「洗澡」(「こころの湯」)は北京の胡同にあった銭湯を舞台にした人間ドラマだ。胡同は長屋のような建物で複数の家族が生活するスタイルで、トイレなども共用されている。このような地区はとりわけ銭湯が必要だったのかもしれないね。映画は昔からあった銭湯が街の発展とともに消えゆく名残惜しさを、銭湯を経営する父子とそこに集まるお客さんたちのドラマで綴っている。
洗澡(Shower)上
洗澡(Shower)下
映画で見る銭湯は、湯につかるのはもちろんだが、体を洗ってくれるサービスや、マッサージもある。集まった人たちはそれぞれにコミュニケーションをとっているし、こおろぎに相撲をさせたりしているようだ。建物は日本の銭湯よりもかなり広くゆったりと作られている感じがする。浴室もかなり広くて、湯船も大きい。浴室以外に、リラックススペースも広くて、たくさんのベッドがありそこで裸の男たちが裸でのんびりとくつろいでいる。
東京の伝統的な銭湯は湯が熱くで、短時間でカーっと温まるというイメージがあるよね。それに対し、中国の銭湯はたぶんお湯はぬるいのだろう。時間がゆっくりと流れているように感じる。日本の銭湯でも体を洗ってくれる三助という人がいたようだが、今の銭湯ではほとんど見られない。サウナやスーパー銭湯に行けば、あかすりやマッサージのサービスはあるけれども、中国においては、ボディケアや散髪なども含め、かなり前から銭湯そのものが日本でいうスーパー銭湯としての役割をもっていたことになる。
銭湯の様子を示す動画として、もう一つテレビで連載された児童ドラマ三毛流浪記を紹介しよう。三毛がある銭湯であかすりをやっている場面がある。
テレビドラマ 三毛流浪記19(水火之間)
こころの湯の北京の銭湯は洗体用の台でお客さんの体を洗っているが、三毛では浴槽の縁にお客さんを座らせたり寝かせたりして体を洗ったりしている。洗った石鹸水がお湯の方に戻ったりしそうだけど、気にしないのかな。
次は、映画ではなく、リアルに銭湯を紹介した写真を紹介しよう。ちなみに、おじさんたちの無防備な体が丸写しとなっているので、ご注意。こういう点って、日本よりうるさく言わない感じだね。
刘长春作品:澡堂子
老北京澡堂的最后归宿
写真集をみていて日本と決定的に違うのは、浴室もスリッパで歩くということ。部屋の中でも土足で過ごす中国では銭湯の浴室に入っても裸足にはならず、湯につかるときにスリッパを脱ぐようだ。それと、タオルで前を隠している人はいないね。こういう動作は日本だけなのだろう。
お風呂好きなのは日本だけではないらしい。外国でも銭湯文化はあるようで、今回はまず中国の銭湯を覗いてみよう。
映画「洗澡」(「こころの湯」)は北京の胡同にあった銭湯を舞台にした人間ドラマだ。胡同は長屋のような建物で複数の家族が生活するスタイルで、トイレなども共用されている。このような地区はとりわけ銭湯が必要だったのかもしれないね。映画は昔からあった銭湯が街の発展とともに消えゆく名残惜しさを、銭湯を経営する父子とそこに集まるお客さんたちのドラマで綴っている。
洗澡(Shower)上
洗澡(Shower)下
映画で見る銭湯は、湯につかるのはもちろんだが、体を洗ってくれるサービスや、マッサージもある。集まった人たちはそれぞれにコミュニケーションをとっているし、こおろぎに相撲をさせたりしているようだ。建物は日本の銭湯よりもかなり広くゆったりと作られている感じがする。浴室もかなり広くて、湯船も大きい。浴室以外に、リラックススペースも広くて、たくさんのベッドがありそこで裸の男たちが裸でのんびりとくつろいでいる。
東京の伝統的な銭湯は湯が熱くで、短時間でカーっと温まるというイメージがあるよね。それに対し、中国の銭湯はたぶんお湯はぬるいのだろう。時間がゆっくりと流れているように感じる。日本の銭湯でも体を洗ってくれる三助という人がいたようだが、今の銭湯ではほとんど見られない。サウナやスーパー銭湯に行けば、あかすりやマッサージのサービスはあるけれども、中国においては、ボディケアや散髪なども含め、かなり前から銭湯そのものが日本でいうスーパー銭湯としての役割をもっていたことになる。
銭湯の様子を示す動画として、もう一つテレビで連載された児童ドラマ三毛流浪記を紹介しよう。三毛がある銭湯であかすりをやっている場面がある。
テレビドラマ 三毛流浪記19(水火之間)
こころの湯の北京の銭湯は洗体用の台でお客さんの体を洗っているが、三毛では浴槽の縁にお客さんを座らせたり寝かせたりして体を洗ったりしている。洗った石鹸水がお湯の方に戻ったりしそうだけど、気にしないのかな。
次は、映画ではなく、リアルに銭湯を紹介した写真を紹介しよう。ちなみに、おじさんたちの無防備な体が丸写しとなっているので、ご注意。こういう点って、日本よりうるさく言わない感じだね。
刘长春作品:澡堂子
老北京澡堂的最后归宿
写真集をみていて日本と決定的に違うのは、浴室もスリッパで歩くということ。部屋の中でも土足で過ごす中国では銭湯の浴室に入っても裸足にはならず、湯につかるときにスリッパを脱ぐようだ。それと、タオルで前を隠している人はいないね。こういう動作は日本だけなのだろう。
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裸の行進
フィリピンの大学では、学生たちが全裸で行進し、政治問題を主張する伝統行事があるらしい。その姿は、顔はかくしてチンかくさず。すなわち顔には仮面をかぶっていて、首から下はスッポンポン。
この行事はOblation Run(奉納走り)と呼ばれる。Oblationは大学の象徴として置かれている像で、手を広げた全裸の男性の姿なのだ。その姿を模した格好にするため、像と同じ仮面をかぶり、全裸で行進をしているそうだ。参加するのは活動グループの学生であって、学生全員が参加するわけではないらしいが、数十名から百名ほどの男たちが裸になって登場する。
実際に、行進に参加する男たちが登場すると、大歓声で盛り上がっている様子が伝わってくる。若くて立派な肉体を見られるのはもちろん、日頃は隠されているプライベートな部分をじっくり観察したり、写真やビデオに収めても隠し撮りなどと非難される心配もないのだから。それならば、一番いい場所をとって行進をじっくりと眺めたいと考えるだろうね。
像の姿を真似るというコンセプトはあるにせよ、そもそも性器まで丸出しにする必要があるかな。像を見ると股間が楓の葉で覆われているみたいだし。調べてみるとどうやらこの葉っぱはあとから付けられたらしいね。であればやはり全裸というのが目指すべき姿なのか。実際にはそこまで徹底してやることで、注目を受けることは間違いないだろう。行進の日はあらかじめポスターなどで周知しており、当日はたくさんの見物者が集まることになる。そしてそこには当然新聞やテレビも取材にやってくる。自分たちの性器が多くの人に見られるのと引き換えに、政治的主張を書いたプラカードも広く世に紹介してもらえることになっている。
それにしてもフィリピンの学生たちって、見物人の前でみんな堂々とブラブラさせながら行進していて、恥ずかしそうな素振りもないね。韓国の卒業式で全裸にされる中学生たちは、とにかく股間を手で隠すのに必死の状況だった。恥ずかしさの感覚が違うようだね。大学生くらいになるとある程度大人として安定していることもあるかもしれないが、もうひとつはやはり顔がわからないことだろうね。誰の裸が特定しにくくなっており、性器は見られたところで、誰だかわからなければ平気なのであろう。ただこれも、背の低い小柄な人とか、でっぷり太った人のように特徴がはっきりしているとばれてしまうだろうね。
さて画像や動画で見ていると、学生たちのブラブラしているものが、どれもこれもきれいに皮が剥けていることに気がつくよね。これは子供の頃に全員が割礼を受けている証拠だね。強制的に皮を切り取られてしまうのだから、包茎がどうのこうのと悩む必要ことはまずないだろう。むしろ包茎の学生がいたら大変だ。何かの理由で皮かぶったままという学生がいた場合、決してこの行事には参加しないだろう。
最後のこの団体のホームページを紹介しておく
http://www.p-h-i-l-i-p-p-i-n-e-s.net/aporunmessages/
この行事はOblation Run(奉納走り)と呼ばれる。Oblationは大学の象徴として置かれている像で、手を広げた全裸の男性の姿なのだ。その姿を模した格好にするため、像と同じ仮面をかぶり、全裸で行進をしているそうだ。参加するのは活動グループの学生であって、学生全員が参加するわけではないらしいが、数十名から百名ほどの男たちが裸になって登場する。
実際に、行進に参加する男たちが登場すると、大歓声で盛り上がっている様子が伝わってくる。若くて立派な肉体を見られるのはもちろん、日頃は隠されているプライベートな部分をじっくり観察したり、写真やビデオに収めても隠し撮りなどと非難される心配もないのだから。それならば、一番いい場所をとって行進をじっくりと眺めたいと考えるだろうね。
像の姿を真似るというコンセプトはあるにせよ、そもそも性器まで丸出しにする必要があるかな。像を見ると股間が楓の葉で覆われているみたいだし。調べてみるとどうやらこの葉っぱはあとから付けられたらしいね。であればやはり全裸というのが目指すべき姿なのか。実際にはそこまで徹底してやることで、注目を受けることは間違いないだろう。行進の日はあらかじめポスターなどで周知しており、当日はたくさんの見物者が集まることになる。そしてそこには当然新聞やテレビも取材にやってくる。自分たちの性器が多くの人に見られるのと引き換えに、政治的主張を書いたプラカードも広く世に紹介してもらえることになっている。
それにしてもフィリピンの学生たちって、見物人の前でみんな堂々とブラブラさせながら行進していて、恥ずかしそうな素振りもないね。韓国の卒業式で全裸にされる中学生たちは、とにかく股間を手で隠すのに必死の状況だった。恥ずかしさの感覚が違うようだね。大学生くらいになるとある程度大人として安定していることもあるかもしれないが、もうひとつはやはり顔がわからないことだろうね。誰の裸が特定しにくくなっており、性器は見られたところで、誰だかわからなければ平気なのであろう。ただこれも、背の低い小柄な人とか、でっぷり太った人のように特徴がはっきりしているとばれてしまうだろうね。
さて画像や動画で見ていると、学生たちのブラブラしているものが、どれもこれもきれいに皮が剥けていることに気がつくよね。これは子供の頃に全員が割礼を受けている証拠だね。強制的に皮を切り取られてしまうのだから、包茎がどうのこうのと悩む必要ことはまずないだろう。むしろ包茎の学生がいたら大変だ。何かの理由で皮かぶったままという学生がいた場合、決してこの行事には参加しないだろう。
最後のこの団体のホームページを紹介しておく
http://www.p-h-i-l-i-p-p-i-n-e-s.net/aporunmessages/
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