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映画「小さな赤いビー玉」

映画
06 /18 2023
「小さな赤いビー玉」 1975年 フランス映画

1940年代のフランスに住むユダヤ人家族の状況を子供視点で描いている。
日本の映画館で上映されたのは、2000年となっている。

 allcinema 小さな赤いビー玉 1975

 IMDB Un sac de billes

主人公は10歳の少年。
家族は戦況が変わるたびに住む場所を変えたり、危機を乗り越えようとする。
そしてとりわけ主人公は12歳の兄と安全な場所に向けて旅をするのだけれども、途中で二人はナチスに連行されることなった。
検査官の前に連れていかれた二人は、ユダヤ人かどうかを確認するため、おちんちんの皮があるかどうかをチェックされる。

この場面は兄が真ん中で正面、弟が左側にいてやや斜めの立ち位置となっていた。
二人ともズボンを下したのち、パンツを下げておちんちんを見せるのだけれども、お兄さんの方はよく見える状態だった。
しかし弟の方はパンツ姿のときからシャツで前が隠れていたので、あまり見えていない。

検査の結果、やっぱり割礼を受けているということになったけれども、二人は自分たちはカトリック教徒だと主張し、おちんちんの包がないのはイスラムの地域の出身だからと、あれこれ理由をつけて逃げきったようだった。解放されて、旅を進めることができた。

この、お兄ちゃんがおちんちんを見せている場面は、映画のチラシでは映画の一場面を紹介する写真として掲載されていたし、映画のパンフレットでもこの場面の写真が掲載されていた。すなわち映画を見に行く前から、お兄ちゃんのおちんちんの画像は公開されていたことになる。

1975年当時だから、映画でおちんちんを見せることはそれほど珍しいことではなかったし、日本で映画が公開された2000年当時でも、映画のチラシやパンフレットにそういう場面の写真が使われていて不自然はなかっただろう。今の感覚だと、使わないという判断になりそうだよね。

ちなみに、弟の方はというと、この身体検査ではシャツで隠れてよく見えなかったが、映画の後半、雇先の店主の家で過ごしている夜の場面で、自分はユダヤ人と告白して、パンツの前を下げて店主に自分のおちんちんを見せている。このときは、隠すものがないので、ちゃんと見えていた。

ユダヤ人か、ユダヤ人でないか、そのことで収容所に入るかどうかが決められ、場合によっては命の危機に問題になったというのが映画の状況から読み取れる。ユダヤ人かどうかを判断するために、パンツを脱がして確認をするというのが、どのくらい現実にあったのか正直わからない。映画では、そのように描かれたものがこの作品以外にも存在するので、そうであったのだろうとは想像ができる。

さて子役のおちんちんだが、本当に皮がなくて亀頭が露出していたのかについては、映像が鮮明でないのでよくわからない。むしろ皮はかぶっているようにも感じられる。あくまで演技としておちんちんを見せる場面を演じたということかもしれない。

ねむの木の詩 1974年

映画
05 /20 2023
「ねむの木の詩」は1974年に公開されたドキュメンタリー映画だ。

舞台となったのは静岡県にあるねむの木学園。宮城まり子が肢体不自由児を支援するために運営する私立の養護学校だ。障害がある子どもたちの抱える問題や支援のあり方を知ってもらう意図もあったと思うが、宮城まり子自身が自ら製作に携わっている。

  allcinema ねむの木の詩

  IMDb Nemuno-ki no uta 

子供たちは養護学校に寝泊まりしているわけだから、子供たちの生活、遊び、治療など、あらゆる場面を映し出している。

学園での生活の中にはお風呂もあるけれども、当然カメラはお風呂に入る子供たちを紹介している。そこでは複数の子のおちんちんが確認できる。

引き続きトイレの場面もあった。夜中に尿意を感じで目を覚ました男の子の場面だ。まずパンツを脱がされてからトイレに連れていかれるのだが、暗がりの中でおちんちんにスポットをあてて、ちゃんと見えるように撮影されていた。また外に出かけた場面においては、男の子が立ちションをする場面などもあり。これは少し遠くからの撮影だが、これらはすべて男の子にとっての日常なんだと思う。映画にするというときに、今の時代感覚とは異なるかもしれないけれども、当時として、この映画をみて違和感を感じる人はいなかったのではないだろうか。

しかし、映画の中でひとつだけ、これはどうなんだろうと思う場面があった。男の子が素っ裸になって草原の中を走るというものだった。男の子が外で裸でいる理由はない。お風呂やトイレという日常ではないので、創作された動画ということになるのだろう。裸の男の子が草原の中にいるというのは、まるで天使のようなイメージと考えられたのだろうか。それも、じっくり見せるため、スローで表現されている。プルプルと揺れるおちんちんを見せるための演出だったのだろうと思う。DVDのジャケットに裸の子が書かれているが、それはこの場面を表現したものだろう。

創作であるとしても、このような表現ができたし、普通に見ることができた時代だった。そのような表現がかわいいと評価もされたのだろう。今であれば、作るのは難しいと思われるが、一度映画として公開されたものは、今でもDVDなどのメディアで見ることができる。これが映画の力だと言えるかもしれないね。

ボクは五才(1970年) 監督:湯浅憲明

映画
03 /29 2023
1970年の日本映画で、「ボクは五才」を紹介しよう。

 IMDB なし
 allinema

何年生のときかは忘れたけれども、小学校の体育館に児童が集められ映画鑑賞が行われた。ポータブルの映写機が設置されて長いフィルムが回っている様子も見えたので、面白かった記憶がある。

映画は実話をもとにして作られたという。小学生からみたら自分より年下の幼稚園児が主人公。この幼稚園児が高知の田舎から一人旅をして大阪まで行ってお父さんに会うというのはすごいなと思ったし、感動もあったので、映画のことを覚えていたと思う。お父さん役の宇津井健は、当時でも人気俳優だったが、久しぶりに映画をみると、若いときの姿がとても新鮮に感じられる。また、通天閣がそびえたつ大阪の街も懐かしさが感じられる。

なぜ5才の幼稚園児が大阪まで無銭旅行をすることになったのか、母親が早くに亡くなり、父親は出稼ぎで大阪。親と暮らせない幼な子の精一杯の行為だったと思う。日本で万博が開かれる頃、建設業で多くの雇用が必要とされ、田舎から都会へと労働者が移動していった時代を反映しているだろう。主人公が旅行をするために使ったのは、お父さんと以前大阪にいったときに書き残したスケッチブックの絵だった。絵を見ながら、行先を確認しながら進んだわけだ。

五才の男の子の珍場面は、おねしょのあとにパンツを脱ぐという形で3回見ることができた。追いかけられたりするようなこわい夢をみたときにおねしょをして目が覚めるのだ。前半では、家でおねしょをしたあと、その場でパンツを脱いで着替えをするときが1回目。後半は船を待つ港での出来事。おかれたタイヤの中で居眠りをした後、おねしょをして目を覚ました。ズボンがびしょびしょなのでお漏らししたことは明らか。そこでズボンとパンス下げたときが2回目。ところが港湾の職員に見つかりあわててズボン穿きなおしてトイレに走った。トイレでは、ズボンとパンツを脱いでしまって、お水を飲んでいるのだが、ここは下半身をじっくり見せていた。これが3回目。

この1回目の場面は、おねしょをしておちんちんが見える状況なので、どちらかというとちょっと笑いが漏れるような場面だと思う。そのあとおじさんが濡れた布団の上に顔を置いて、もうひと笑いみたいな感じだったろう。しかし3回目になると、空腹のあまり水を飲むというような悲壮感があるので、笑いの場面ではなくなっている。最初に床に脱ぎ捨てられた汚れたズボンとパンツ、汚れた靴、そして足、おちんちんというように、強調して映し出していくことで、かわいそうな様子をより演出したのだと思われる。

小学校で上映会をされたこのような映画であったが、最近は上映会が行われたりDVDで公開されるようになったので、今の人も見ることができるようになった。僕がこの映画を大人になってから見たのは、恵比寿のTSUTAYAでVHSをレンタルできたからだ。当時、映像作品を探すために、渋谷のTSUTAYAや恵比寿のTSUTAYAに通っていた。とりわけ恵比寿はそこでしか見つからない貴重な映像作品が多数保有されていて、まるで図書館みたいな場所だった。今の人に、当時の恵比寿がすごかったという話をしても、わからないだろうけどね。

誕生の詩 1981年・ウッフェ・ビエリン監督

映画
01 /15 2023
「誕生の詩(The Birth)」は赤ちゃんの出産や
男女の体の成長をテーマにしたドキュメンタリー映画だ。

 IMDB Tanjo no Shi(1981) Original title: The Birth 

赤ちゃんが生まれる場面や赤ちゃんにおっぱいをあげたりする場面で、実写映像がある。

映画の前半は、コペンハーゲンで生まれた男の子ヤンと女の子スザンヌの成長を追う。
最初は赤ん坊のとき。ハイハイする裸の二人を並べて映像で見せている。

次は5歳のとき、二人で仲良く街の中を散歩したりしているが
プールのときには、二人とも裸になって手をつないで水の中に入っていく。
周りの人たちは水着を着ているが、5歳くらいだと裸で遊んでも大丈夫なのだろう。

プールから出た後も、二人は芝生の上を裸で走りまわっている。
ここでお互い向き合って立つ。
正面から体の観察をする。性器の状態もしっかりと見せているけど、
5歳くらいだと、まだそんなに体の違いを意識してないと思われる。

次は10歳のとき、二人は仲よく自転車で出かけていった。
人目につかない森の中に入って二人は裸になって向かい合った
正面から体の観察をする。性器の状態はかなり違っているとわかるが
まだ第二次性徴が始まる前の子供の状態である。

次は15歳のとき、最初は海岸でトップレスの姿で並んでいる。
15歳の体の観察は、屋外で見せるのはまずかったのだろうか。
スタジオにて、回転台の上に乗せられ全身をくまなく見えるようにされていた。
性器が発達し、毛も濃くなっており、二人とも第二次性徴後の体だとわかる。
そのあと、森の中で裸で走りまわり、キスをする場面も追加されていた。

18歳になると、性的な行為の話題に進んでいく。
スザンヌがマスターベーションをしている場面があったり、避妊のことを学んだり。
ここから先は、ヤンとスザンヌの二人を回転台に乗せて
どのように男女が交わるのか、いろいろな体位をとって説明をしていく。

20歳になると二人は無事結婚し、子供を作ることになる。
そしてスザンヌは無事に赤ちゃんを出産する。
このように、ヤンとスザンヌの成長と出産までの物語が展開していた。

映画の後半は、いろいろな出産の場面についてとりあげられている。

この映画は、なんと日本でも公開されていて、タイトルは「誕生の詩」とされていた。
当時の日本でこの映像がどこまで修正せずに上映されたのかわからないけれども
もし修正してしまったら、映画の目的は達成できないことになっただろう。

※参考のため海外で投稿された動画
https://vk.com/video/@id325616218?z=video325616218_456239048%2Fpl_325616218_-2

「ジャック&ベティ 青春ぽるのぐらふてい」 1985年

映画
04 /24 2021
昔の日本映画は、表現が自由だったなと思うことがある。

今回紹介するなつかしい映画は、
「ジャック&ベティ 青春ぽるのぐらふてい」 1985年
原作:花井愛子・しのざき芳乃
監督:和泉聖治

主人公は女子高生のひろみ(麻生真理子)だけれども
この子がきのこ大好きで、研究をしているんだよね。
海やプールで男たちのもっこりを見て楽しんでいたりするわけ。

あるとき、好きな男子を家に呼び出したりしている。
睡眠薬で眠らせてから、パンツを脱がせ、じっくりきのこの研究。
そこで彼が「インポ」って知ってしまうわけだ。

今の人に「インポ」って言っても何のことかわからないかもね。
劇中「立て!立つんだジョー」とかいうせりふもあった。

二人で「インポ」をどうやって治すかという展開になって
男を立たせるためにいろんなところに潜入して試すんだよね。
ノーパンなんちゃらとかも出てきて、時代を感じさせるよね。

ちなみに、ひろみのお父さんはポルノ映画監督だから
劇中でポルノ映画のカットもあって、女性の裸も楽しめる映画だ。
それでも、年齢制限とか書いてないし、昔はおおらかだったね。

さて、珍場面の方は、こんな感じだった。

(1)きのこの世界の場面

ひろみの妄想の中でのできごと。
きのこの世界で、きのこの精に出会う。
きのこの精は男の子で、なぜか下半身が丸出し。
きのこの精はひろみの近くにきて、
かごの中のきのこをひろみに渡して食べるように言う。
ひろみは、それをぺろぺろ舐めてからおいしそうに食べるのだ。

そのあと、きのこの精の下半身がアップになって
「こっちもお食べ・・おいしいよ、チ・ン・チ・ン」

大人のきのこは見せられないから、お子様のきのこで表現を
したということなんだろうね。

(2)好きな男子との場面

映画の最後で、処女と童貞の二人がどうなったかの話。
原っぱに白いシーツが引いてあって、登場するのは主人公の
男女じゃなくて、なぜか小さな男女だった。
男の子と女の子が裸でシーツ上をくるくる走ったのちに
二人並んでポーズしているね。
もちろん正面から丸見え・・・

裸の女の子は余裕でにこにこ笑っているのに、
裸の男の子はなぜか泣いている。何があったんだろうね。

映画やテレビでは、男の子ばかり丸出しにされている
という印象があるけど、この映画男女並んで裸で出演している。

昔がおおらかだと思うということは、
逆に言うと今は規制が多いということだよね。

映画一路

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