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古代のスポーツと包茎の話(2)

文化・習俗
02 /23 2021
ギリシャの彫刻などをみると、チンチンは小ぶりでなおかつ包茎が基本的だ。しかし中には、チンチンの形が袋のように丸くなっている姿のものもある。ブロンズ像の「Boxer at Rest」 などは、まさに皮を縛って袋状になったチンチンがわかる作品だ。

Weltmurksbude

このように、昔のボクサーはトランクスなどは穿いておらず、サポーターとして亀頭を守るためのヒモ1本を身に着けていた。競技で裸になることはよしとしても、観客に亀頭を見せないように皮をかぶせてヒモで縛ったのだ。これを前回、キノデスムと説明した。キノデスムは、裸になる必要がある試合のときにするが、試合が終わったら、キノデスムを外して普通のチンチンに戻して生活をすることができた。

この亀頭を保護するというのは、亀頭を見せるのが恥ずかしい、あるいは亀頭を見せるのが失礼だからという理由のほかに、射精を防止する目的もあったらしい

古代ギリシャ・ローマの人は、射精をすると精力が失われると考えていたようだ。歌を歌う男性は、射精したら声の質が落ちるということだし、戦う剣闘士(グラディエータ)は射精をしていたらパワーが落ちると思われていた。歌手や剣闘士をかかえる劇場主は、所属する大切な団員たちがベストコンディションで活躍できるようにするため、好き勝手に射精をしないようにしっかりを管理をする必要があったわけだ。

こんな話をきいてふと思うのは、体育系の部活などで、監督が「恋愛は禁止だ」なんていう指導をしたりすることがあった。これはどちらかというと、恋愛をすると練習に集中できなくなると考えられたからだろう。一流を目指すならばそれだけスポーツに集中させようとしたものだろうが、今の時代になるとそれもパワハラとかセクハラとか言われそうな気がしてくる。また試合の直前にオナ禁なんてやってるところもあるかもしれないけれど、それも今の時代ではそこまで言えなくなっているのではないだろうか。

古代に話を戻すと、歌手、役者、剣闘士、こういう興行で生活をする人たちの射精を禁止するために、劇場主が行ったのは、団員の包皮を引っ張って伸ばし、穴をあけて金属のリングで包皮を留めるという手術だったようだ。日頃からリングで包皮を閉じておけば、皮はむけないし、亀頭が人に見られることもない。そんな状態で勃起をしたら皮が引っ張られて痛くなるし、射精をしたいという気持ちも失せてしまうだろう。

監督の命令でチンチンの皮に穴をあけられるなんていやだろうね。仕事がら仕方ないということかもしれないけれども、そのような興行の団員になるということは、自由はないし、どちらかというと奴隷に近い立場かもしれないね。

ただそういう自由のないかわいそうな団員たちにおいて、多少の救いがあるとすれば、お金持ちのご婦人に声を掛けられるようになることかな。人気者の役者や剣闘士となってお金持ちのご婦人から呼びだされたときは、チンチンのリングを外してもらうこともできたみたいだ。スポーツや興行では、亀頭は隠さないといけないけれども、ご婦人の前では逆に亀頭を出すことが大切なのだろうね。
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古代のスポーツと包茎の話

文化・習俗
02 /21 2021
古代ギリシャのスポーツ選手が裸だったということは結構知られていることかもしれない。近代オリンピックでは考えられないが、もし古代のルールでオリンピックを行ったらどうなるだろうか。テレビの放映料が跳ね上がるのか、それとも参加する選手がいなくなるのか、考えてしまうね。

古代において、試合に出てくる選手は、鍛え上げた肉体を持っていたはずだ。だからに裸になって、その強さと肉体の両方を披露する場として、最高の舞台だったといえるかもしれない。そういう鍛えた肉体の美しさを試合で見てもらうまではいいけど、実際のところは、股間にぶらさがったものまで観客に披露しなければならなくなってしまう。それはどうなのかな・・・。

体は鍛えれば筋肉はつけられるけど、チンチンは鍛えても筋肉はつかないからね。また試合中に激しく動くから、チンチンがブラブラするのはみっともないしどうしても気になってしまう。まして途中で刺激されて意図せずに固くなったりしてたら恥ずかしいくて仕方ないだろう。

調べてみると、当時のギリシャの人々の感覚は、チンチンの亀頭が露出しているのは奴隷や野蛮人であって、亀頭を見せることは恥ずかしいことだったらしい。さらには、だらんと垂れたチンチンもみっともないことだったらしい。

そこで、選手は試合で裸にはなるけれども、チンチンについては皮をヒモで結んで亀頭を隠すようにしたということだ。これはキノデスムと言って、つながれた犬という意味らしいね。亀頭にしっかりと皮をかぶせ、皮を前に寄せてヒモでしばる。こうすれば日頃半ムケになっている人でも亀頭を完全に隠すことができる。それを腰ひもにつなげばブラブラせず、すっきりとまとめることができる。運動をしても、邪魔にはならなくなるし、試合に集中できるのだろう。チンチンを深くお腹の中に押し込んでから縛れば、チンチンは袋状になり、その大小や形もわからなくすることもできる。

結局スポーツの試合で裸になるといっても、一糸まとわぬ全裸ではなく、その一糸(ヒモ1本)は身につけていたわけだ。そして体も全部を見せるのではなく、亀頭だけは見せずに大切に隠していた。。

  キノデスム

他人に亀頭を見せるということは、性的アピールとも考えられる。スポーツのように性的なアピールをする意図がないのであれば
亀頭は隠しておくというのが昔のギリシャのマナーということだ。

今の日本だと、包茎の方が恥ずかしいという意識が強いね。お風呂に入るときに、あわてて見栄むきをして亀頭を露出させる人もいる。自然にむけているならともかく、人に亀頭を見せるためだけにわざわざ皮をむいているのもどうかと思う。古代ギリシャの常識とは反対だね。

ワラチン

文化・習俗
06 /28 2010
千葉の太平洋岸では、全裸でチンチンの先に藁しべを結んだだけの姿(ワラチン)の漁師がいたという話をネットなどで目にすることがある。最近中国の全裸曳舟の話題をとりあげたこともあり、この千葉の話が本当にあったことなのか確認してみようと思った。ワラチンなんていかにもネタっぽいと思うところもあったし、そもそもなんで全裸でいるのだろうと疑問に思ったからだ。

まずは一枚の証拠写真を見ていただきたい。「風の旅人 29号 Life Principle」に小関与四郎氏の写真がいくつか紹介されているのだが、そのうち、54ページに「全裸で元気者のフナガタは、ミゴワラ(藁しべ)で亀頭を縛っていた(1961年)」とある

風の旅人 29号 Life Principle

外房の漁師が全裸で漁をしていた痕跡を示す写真は、周辺地区の歴史写真集などでも確認することができる。その中でも特に写真集などで有名なのは、木村伊兵衛氏と小関与四郎氏であろう。

「木村伊兵衛写真全集昭和時代(第一巻)」を見ると、昭和初期の九十九里浜の写真が掲載されている。これから船出をしようとする作業をしている場面で、複数の全裸の男(背面だが)が写っている。男たちの鍛えられた裸体美と力強さが伝わってくるような見事な写真で、演出によりモデルを使ってヌード写真を撮影したのではないかとさえ思うくらいだ。この写真集には、解説者の少年時代の体験談として銚子や九十九里に泊りにいったときの話が掲載されている。「銚子に行ったときは、漁師がふんどしも身につけずに街の中を歩いているのを見かけた。彼らはチンポの先を細い稲わらで縛っているだけの全裸だった。女たちはそれを見ても驚くことなく平気な顔をしていた」というような内容が書いてあった。やはり事実なのだろう。写真の撮影場面となった九十九里浜でも、全裸で船を引きだす漁師はいた。この頃は網元制というのがあって、雇われる網子たちは全裸で働いていたと考えられるそうだ。都会から外房の海岸に泊りにきた少年にとって、全裸の男たちを見るとは、驚くべき体験だったのだろう。

こうした漁師の姿を九十九里浜で見つめてきたのは写真家小関与四郎氏だ。「九十九里浜」という写真集には、厳しい海と対峙しながら暮らす人々が生き生きと描き出される。最初に掲載した、「ミゴワラで亀頭を縛ったフナガタ」の写真も、実はこの写真集「九十九里浜」に収められている写真の一つだ。写真集では、子供が裸で写っている場面は珍しくないが、成人した男たちが素っ裸で、背中やお尻だけではなく、前も堂々と撮影されているのには驚きすらあった。また女たちも、横綱級のおっぱいを丸出しにして作業をしている。たき火で暖をとる女は、お尻も丸出しでアソコだけを隠していたりする。ナガラミ採りをしている男の中にも、ふんどしをしてない人がいる。この浜では、男が全裸であることはそれほど特別ではないようだ。

これは大昔の日本の話ではない。1960年代は日本が高度成長を続ける真っ最中だ。また遠いジャングルの話でもない。この時代アマゾンの裸族がテレビで紹介されたりもした。しかし九十九里浜では暑いから裸で生活をしているというわけではなく、彼らには過酷な海の仕事があったのだ。

延々と砂浜が続く九十九里浜では、昔から港を作ることができなかった。漁はイワシを狙った地引網漁だが、砂浜から船を出すためには、ワイヤを引っ張ったり、傾かないように船体を支えたり、海に入って重労働をする人たちが必要となる。そのような男たちは「フナガタ」と呼ばれていた。網元・船主により雇い集められ、力をあわせて漁船を海に送り出していたわけだ。また船が大型化するなどして人手が足りなくなると女たちも借り出されるようになり、こちらは「オッペシ」と呼ばれた。写真を見ると、網元・船主たちは普通に服を着ているが、海の中にいるフナガタは素っ裸だ。オッペシについては、パンツ一丁でおっぱい丸出しだったりする。いったいなぜ裸である必要があるのだろうか。ひとつは海の中に入って作業をする際に、服を着ていると濡れて動きにくく邪魔になってしまうからだろう。寒い冬であっても、結局水の中で作業をしなくてはならないのだ。濡れた服は体温を奪うし、火にあたってもすぐには乾かない。水の中に入るためには、やはり裸であることが必要だったと思われる。

「消えた砂浜・九十九里浜五十年の変遷」にも、小関与四郎氏が撮影したフナガタとオッペシの写真が掲載されている。以下は同じ写真が公開されているHPだ。(※書籍では無修正だが、HPの写真は修正されている)

http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2000/01293/contents/015.htm

この書籍には、昔オッペシを経験したという女性からインタビューした内容が紹介されており、よりリアルに当時の状況に触れることができる。

裸でする仕事に対してのインタビューで、裸であることを恥ずかしく感じなかったのかという問が出された。それに対しては、今考えると裸だと恥ずかしいと思うかもしれないが、当時は何にも考えなかった。お金をもらうための仕事・商売であるのだし、誰もがその仕事をするのがあたりまえの中では、恥ずかしいとか、仕事がきついとかいう考えはなかったのだそうだ。裸で仕事をすることが必然で、今のように仕事を好きに選べる状況もなかったのだろう。しかし、別の場所から来た人には、変な風に見えたらしい。あるとき浜に遊びに来た子供が驚いて、男女が素っ裸でいるのに、なんで男の前の品物が怒らないのかと言ったそうだ。

浜で仕事をしたオッペシは、カラー写真を見ると赤いパンツをはいているのがわかる。この点にもついてもインタビューされていた。白いパンツをはくと、女性のアソコがはっきり映ってしまうし、生理のときも白だとすぐにばれてしまう。だから色もののパンツにしていたそうだ。

では男たちはどうか。藁で先っぽを縛るということも説明している。裸の男たちはチンチンがブラブラするが、皮は薄くて柔らかい。男たちはチンチンの皮を前に引っ張って藁でしばり、縮こまった中身を被せるようにしていたそうだ、最初に紹介した写真は亀頭を縛ったと説明されているが、実際はどちらかというとチンチンの皮を先っちょで縛る感じだ。藁で縛ってやると、チンチンはぶらぶらしなくなって、都合がよいのだそうだ。

これらは、裸で仕事をする人たちの当時の風習の説明なのだが、何かそれぞれに身だしなみやエチケットのようなものがあったかのように思えてきた。裸で仕事をする現実はあるものの、女性の場合は、他人(特に男性)に大事な部分をあからさまに見せたり、想像させないよう、ちょっとした配慮がされている。男たちの場合は、ブラブラするものの大小や形など女性たちは興味を持つし、比較したりもする。またブラブラするうちに、ちょっとした刺激で固くなったりもする。チンチンにおこる変化は、周囲の人にばれてしまうし、やはり目ざわりだと思う。一緒に働く女性の前で勃起させてしまったら相手に対し失礼だろう。チンチンの皮を縛ってしっかり格納すれば、ブラブラさせないようにできる。チンチンの形や大きさをとやかく言われることもないし、変な誤解を女性に与えることもない。もちろん仕事の邪魔にもならない。そういう目的があったのかもしれないと思った。

インタビューの中で、藁で縛る目的について答えてもらう場面もあった。虫が入るからなのかと聞いたら、そうではないということだ。よそから漁の応援に来た人がいて、なんで皮を引っ張っるのかと地元の漁師に聞いたことがあるらしい。その答えは「中に砂が入ったら大変だからだ」と言ったのだそうだ。なるほど、水と砂に体当たりで格闘するフナガタらしい答えだと思った。藁で男の大事な部分を守っていたのだね。

映画一路

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